ウンチが全部出ると、最後におしっこが出る? 幼児時代に見つけた謎の解明に挑む―――

日常コラム|ネタのたね

子どもの頃の記憶は不思議なものです。どこへ出かけたとか、何を買ってもらったとか、そういう大きな出来事よりも、なぜか些細な場面だけを鮮明に覚えていたりします。筆者の場合、幼少期の記憶はかなり断片的。「そんなこと覚えているのか」と自分でも驚くような場面ばかり。今回はそんな幼少期に見つけた謎について考えます。

断片的な記憶

幼少期の記憶、どこまでさかのぼれますか?
筆者がうっすらと覚えているのは、泣いて母親に抱っこされていた時。大きすぎるが故に、口に手を何度も当てられ「あわわわわ~」とされたこと。

口に手を軽く当てて声を震わせ、泣き声の勢いが変わる反応を楽しむ、あの”あやし”の一種。大声で気持ちよく泣きたいのに、煮え切らない感じに加工され「やめてくれ!」と思った記憶があります。

そんな中で、最近になって家族との会話から思い出したエピソードがあります。

幼い頃、一人でトイレに入っていた筆者に対し、母親が外から「もうウンチ出た?」と声をかけたそう。すると筆者は、「最後におしっこが出たから、ウンチはでない」と答えたのだとか。

その返しに驚いた母親は、「ウンチが出おわったら、最後におしっこがでる?」と聞いたそう。「ウンチが全部でたら、最後におしっこが出る。おしっこが終わりのサイン」といったそうです。もちろん、本人にその記憶はないですが…。

そんなことを聞いて、懐かしいな~なんて思いながらトイレに入ったとき「あれ?たしかに最後におしっこが出るかも…?!」と驚き。

小さな発見を積み重ねながら成長したんだな、としみじみ思う一方で、どういう原理でそうなるのか?今では調べるすべをたくさん持ち合わせている。そこで今回は、この現象について体の仕組みをもとに解明していきたいと思います。

排便のあとにおしっこが出やすいのは本当?

結論から言うと、「排便後に少し尿が出る」という感覚自体は不自然なものではないそう。ただし、「必ずそうなる」という医学的根拠が確認されているわけではなく、人によって感じ方や頻度には差があるそうなのでその点はご理解いただきたい。ではなぜ、こうした現象が起きるのか。

排便で変わる「臓器の圧迫状態」

人間の骨盤内では、直腸(ウンチがたまる場所)と膀胱(おしっこがたまる場所)がかなり近い位置にある。排便によって直腸が空になると、骨盤まわりの圧力バランスが変化し、それまで抑えられていた尿が出やすくなる場合があるのだとか。
特に子どもの体は小さいため、直腸に便がたまると周囲の臓器にも多少影響を与えやすいと考えられているそう。

排便時の「腹圧」が膀胱にも関係する

もうひとつ関係しているとされるのが、排便時の腹圧。ウンチを出すとき、人は自然とお腹に力を入れています。この「腹圧」が膀胱にも伝わるため、排便後に残っていた尿が押し出されることがあるとのこと。

特に、

・便を踏ん張って出したあと
・長時間我慢していたあと
・子どものように膀胱容量が小さい場合

つまり幼少期の筆者は、「ウンチ終了後に尿が出ることが多い」という体感を、自分なりに“法則化”していたわけですね。

「最後のおしっこ=終わりの合図」は意外と合理的?

子どもは、大人よりも経験が少ないぶん、「いつも起きること」を強くルールとして覚える傾向があるといわれています。

例えば、「靴を履いたら出かける」「暗くなったら寝る」「お風呂のあとに牛乳を飲む」といった日常も、幼児にとっては「世界の仕組み」だったのでしょう。

その感覚で考えると、「最後におしっこが出たら、ウンチタイム終了」という認識は、かなり自然なのかな、と感じました。大人から見ると小さな出来事ですが、子どもにとっては、自分の体を観察して見つけた大きな発見だったのかもしれません。むしろ、自分の体の変化を観察していたとも言えますね。

みんな同じというわけではない

ここで注意したいのは、「排便後に必ず尿が出る」という医学的データは公表されていないという点。

あくまで、

・腸と膀胱の位置関係
・腹圧
・骨盤底筋の動き
・排便・排尿を司る神経反射

などが関係し、「そう感じる人がいる」という現象に近いもの。

逆に、

・先におしっこだけ出る
・排便後に何も出ない
・同時に出る

という人も普通にいると思います。

つまり筆者の幼少期の発見は、「万人共通の真理」というより、「かなり鋭い体感 observation(観察)」だったのかな、と思います。

幼児は小さな研究者なのかも

大人になると、日常の体の反応を深く意識する機会は減り、「当たり前」として流してしまうことが増えていきますよね。しかし子どもは、「なぜこうなるんだろう」「いつも同じ順番だな」と、小さな変化をよく観察しています。

今回の話も、自分なりに体の反応を分析し、「終わりの条件」を見つけ出していたわけです。
子どもの何気ない言葉には、その年齢ならではの鋭い観察力が隠れている。そう考えると、少し面白いですね。トイレの中で行われていたのは、人生初期のフィールドワークだったのかもしれません。

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